Master's Room

2019/10/8

光と闇との関係性

深い意識に目覚め始めてから、初期の頃に気付いた印象深いことの一つに、
光と闇との関係性のことがありました。
光と闇というのは、よくスピリチュアル系の話の中でも話題に上るテーマで、
ライトワーカーとダークサイドのように、大体言われているような内容のことがあるのですが、
それが実際には言われているようなものではなかった、
大体のところで言われているようなこと、大体の人が思っているようなこととは本当は全然違ったのだということが、
初期の頃に知った、印象深いことの一つだったのです。

よくスピリチュアルな世界で言われているようなことは、この世界を誰かが支配していて、
ライトワーカーがそれと戦い、この世界から闇を消し去り、
世界に光をもたらすのだという感じのことが、スピリチュアルな世界でよく聞く話なのですが、
私はその時、光と闇とはお互いの存在を支え合っているのだということに気付きました。
光と闇とは戦っているのではなく、光があることで闇があり、闇があることで光があるのだということに気付いたのです。
それは大半のライトワーカーの人が語っているようなことが起こっているのではなく、
光を演じたい人がいる限り闇を演じる人がいて、闇を演じたい人がいる限り光を演じる人がいる、ということなのです。

光の使者や正義の味方を演じるのは心地のいいことになりうることなのです。
自分の存在に意義を感じ、自分の存在に正当性を感じ、
何かのために戦っていることは、やりがいを感じさせることでもあります。
人間のマインドは自分の存在が本当には何であるかを分かることができず、
常に自分の存在に疑問を感じ、自分を証明しなければならないと感じてしまうものなのですが、
闇と戦う光になることは、人間としての自我を持つことへの、たくさんものを養ってくれる観念の一つです。
でも実際には闇と戦うことは、光と闇とが分裂すること、
統合が起こらず、光は光のままに、闇は闇のままに存続させ続けることなのです。
光だけがある、闇だけがあるということではないのです。
光がある限り闇があり、闇がある限り光があります。
それは同じ事象の一つのものが、二つに別れているだけのことなのです。

本当の癒し、平和というのは、分裂が癒え、統合されることで起こります。
今一般的に光、正義と呼ばれているものには、影があるのです。
それは光が自身の闇を認めないことで、そして闇が自身の光を認めないことで起こるのです。
本当は自分自身の中にある影に意識の光が当たることで、
分裂していた光と闇がまた一つになるのです。
それは世界に昼と夜があるように自然なことです。
でも存在を認めずに影としてそれを抑圧してしまうと、それは扱いにくいものになるのです。

本当のライトワーカーというのは、光になること、正義になることではありません。
それは意識的に在り、全てを意識の光の元に照らす「意識の光」になることなのです。
本当のライトワークとは、何かと戦い分裂を存続させ続けることではありません。
十分に意識的に在り、自分の中にあるあらゆるものを排除しなくなった時、統合は起こります。
自分の内にあった、光と闇とが一つになるのです。
それは癒され、自分の内に存在するようになるのです。
もうそれは自分の手の届かない、自分の力の及ばない何かになることはありません。
人はこの世界に生まれると、小さい頃からたくさんの否定を受け、
度合いの差はあれどほとんどの人が、多かれ少なかれ、自分の中に無意識の抑圧や否定という影を持ちます。
自分の中で、正義と悪という戦いが起こり始めます。
そして自分の内側で起こる分裂は、一人一人の意識を反映して
世界で起こる分裂や争いという形で表れます。
一人一人の中にある内なる戦いが終わり、統合された人が増えることが、
平和への本当の近道になるのです。